執筆日:2021.02.24

司法書士事件簿2「口約束は危険~父亡き後の母の相続」

司法書士

竹下康智
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某金融機関を退職された佐藤五郎さん(仮名)からの久しぶりの電話。
懐かしさと同時に、事務所に連絡をくれた理由を想像すると少し身構えてしまう。

「ご無沙汰してます。実は折り入って相談があるんですが・・・」

5人きょうだいの末っ子である五郎さん、金融機関に勤めていたのだから相続に詳しいだろうという理由できょうだいから諸々のことを押し付けられ、私のところへ連絡をくれたのだった。
どうやら長い話になりそうなので改めてご来所いただくと、話の内容は次のようなものだった。
・つい最近、五郎さんのお母様が亡くなられた。
・五郎さんのお父様は10年ほど前に亡くなられている。
・お父様の相続の際には、長男(一郎)がほとんどの財産を相続している。
・その時の長男の言い分は、「自分が母の面倒を見るので、自分一人に相続をさせて欲しい」というものだった。
・しかし、長男はその1年後に五郎さんのお母様を追い出してしまい、長女(三津江)が同居して面倒を見ていた。
・長男以外の相続人は、約束を破った長男には遺産を渡したくないと考えているが、長男はお母様の遺産の5分の1をよこせと主張している。
両親のどちらかの相続が生じたとき、「遺された親の面倒をみるから」とか、「次の相続の時にはお前たちが多くもらえばいいから」などと調子のいいことを言うのだが、さっさと施設に預けてしまったり、そんな約束はしていないなどと言い始めたりすることはよくある話である。
ただ、このような場合でもお父様の分の遺産分割協議をやり直すことは事実上できないし、お母様が亡くなる前であっても長男に面倒を見させるよう強制することもできない。

今回のようなケースでは、お母様に遺言を作ってもらっておくのがベストだったのだが、今となってはどうしようもない。
ダメもとでお母様の荷物をよく探してみるようアドバイスし、その日の相談は終了した。
翌週、五郎さんから電話連絡があった。
お母様が使っていらした本棚から「遺言書」と書かれた封筒が出てきたそうだ。
家庭裁判所での手続き後にその内容を教えていただくと、遺産は長男以外に相続させると書かれていたほか、長男への恨み言が綴られていたという。

遺留分の問題はあるものの、他の相続人の溜飲はいくらか下がったであろう。
今回はお母様が遺言書を残されていたが、例えきょうだい間であっても、安易な口約束はお勧めできない。

****今回のコラム担当者****
司法書士 竹下 康智
静岡市出身。金融機関勤務を経て2009年に司法書士登録(2017年からの金融機関への出向後2018年に再登録)。相続、遺言の相談実績は600件超。
本人は漫画や映画の好きな超インドア派だが、週末は9歳と5歳の子供らにせがまれてキャンプ、水泳、アスレチックなどアウトドアな活動を強いられている。